2011年11月21日月曜日

結果指向とプロセス指向の評価方法 ~気候変動の適応策を評価する~



適応策の考えに、結果指向(Result-oriented)とプロセス指向(Process-oriented)がある。この考えは、特に適応策を評価を考えるために作られた。OECDAdaptation toClimate Change: International Agreements for Local Needs両者の違い良くしめしている。





結果指向の目標は、適応行動の最終的な目標を定義する。この方法の利点は、関係者が同意する特定の結果を明記することにより、適応行動を達成する事です。しかし、実際には、目標として掲げられた結果の達成または未達成と、それに向けた行動の直接的な結果では無い可能性があります。適応行動や適応に関する不作為とは全く無関係かもしれない他の要因が、最終的な結果の達成に直接的かつ重大な影響を及ぼす可能性があります。

例えば、ある地方の干ばつに効果的なイネ種子を適応戦略として開発・普及させたとしても、その後、政治的または干ばつ以外の気象現象であるハリケーンが発生して、結果指向の目標は達成されない事は容易に考えつきます。逆に、適切な適応策がとられなくても、特定の年または期間内に有利な気象条件に達成されたときに、稲作は豊作となり、結果指向の目標は達成されてしまうことはあります。



プロセス思考の目標にも、いくつかの利点があります。まず、簡単に監視できますそしてこれらの目標を達成するための進捗状況を簡単に評価することができます。

例えば、「気候変動からの影響を最小に留める」と結果指向の目標を掲げる代わりに、「気候変動の予測と適応策を政策に取り組む」とプロセス指向の目標を掲げる事が出来ます。

これらの目標達成には、正しいことを行う、正しい方向に移動している達成感を得ることが出来る。かと言って、このプロセス指向の目標達成は、気候変動への適応についての期待される結果達成されることを意味しません。その為、選択されたプロセスが、最終的な「結果」の目標を達成につながるかどうかを注意深く議論し監視し続ける必要があります。


どちらの目的が良いのか、議論され続けています。プロセス指向の適応策の評価が好まれるの理由の一つは、気候変動に大きな不確定要素がある為です。上に述べたように、稲作や水の管理などには、気候変動だけでなく、政策やその他の地域的な変化がある事を忘れてはいけません。

2011年11月18日金曜日

環境やら国際協力やらの大学入学の相談を受ける時の返答

時々、環境やら国際協力やらの大学入学の相談を受ける。

その時は、「これらは分野であって、科目では無いから、学部レベルでは工学、経済、法律、生物等の専門分野を学んだほうがいいよ」と答えている。環境は国際協力を学部レベルで教えておられる方には失礼だが、環境やら国際協力では、自分のいかせる技術を身につけて、それから開発の現場で働くなり、環境の修士コースで、これらの分野で応用するのがいいと思う。

修士コースは2つのタイプに分けられると思う。


  1. 更に専門化する博士課程への準備コースとして、「学部より狭い範囲を深く学ぶ」
  2. 学部で学んだことを実務に活かすため、又は専門化する博士課程への前に、「分野を横断的に、広い範囲を浅く学ぶ」


1は工学、経済、人類学などを学んだ学部生が、その分野でさらなる学を身につけようとする場合で、2は工学や経済などを学んだ学部生が、環境や国際協力の分野で活躍しようと思っている場合にふさわしいと思う。そう、環境学や国際協力を専門にするとは、自分が議論できる役立てる立ち位置をしっかり持って、環境や開発問題に取り組むことである。何の専門性もなく、広く浅く環境や国際協力の分野を知っていても何の役にも立たないだろう。

現場に出ずに、学問の道を極めようとしても同じである。学部で環境学を先行したアメリカ人をオックスフォードで受けもっと事があるが、これといって専門性を持っていなかったため修士論文を書くのに苦労していた。博士課程に進むのではあれば、もっと苦労するだろう。工学、経済、法律、社会学、人類学などの深い立ち位置を持っていない状況で、書かれば学術誌はニュースの記事の様な出来である事が多々ある。


環境学に来るのはウェルカムだが、出来れば大学院からで、学部では別の下準備したほうがいいと思うよ。

2011年11月6日日曜日

未来への割引率がマイナスで有るべきかもしれない理由 ~気候変動下での、地球共同体の割引率~

ここで述べたことを説明しようを思う。




経済学 (〈一冊でわかる〉シリーズ)
パーサ・ダスグプタ
岩波書店
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上で述べているように、この本では、パーサ・ダスグプタ氏がマイナスの割引率の可能性を気候変動の分野で、日本語で説明している。気候変動に対しての記述は、正確ではない部分もあるが、そこはちょっと古い経済学の本ということで目をつぶろう。

154ページから、気候変動での割引率について記載せれている。まず、経済学者がどのように、意思決定をするか現実の例を上げている。


「2004年に著名な経済学者8人がコペンハーゲンに招かれ,
世界共同体が500億ドルを5年間で使っとしたときの最も有効な使
い方について助言を求められたとき彼らは10個の選択肢の中で
気候変動を最下位に置いた.(p.155)」


なぜ、このような結果になったかと言ったら、それは、将来の費用と便益をプラスの割引率で計算したからだ。これは、経済学を学んだ人でなくても、「普通」な事である。今日の1万円もらうとの、来年一万円をもらうのでは、今日の一万円もらったほうが、安心だし満足する。つまり、今日の一万円は、来年の一万円より価値があることになる。別の言い方をするなら、今日の一万円もらって使うのを諦めるなら、来年は一万円以上貰う必要がある。だから、お金を貸すときは、プラスの利息を付ける必要がある。これが「資本の機会費用」と言われることである。

気候変動は数十年先の話をしているので、気候変動対策に今お金を投じても、将来の見返りを現在の価値に直すと、小さくなってしまう。例えば、年利5%を割引率として、50年後に百万円の利益を出すものは、現在の価値に直すと、87万円程度になってしまう(10,000,000/(1 + .05)^50)。もちろん、気候変動の信ぴょう性やプロジェクトの成功度なども本来加味するべきだが、本書ではそこは議論していない。注目しているのは、このプラスの割引率は「普通」なことである。


パーサ・ダスグプタ氏はその「普通」な事に、2つの点から議論している。

    1. 地球共同体がある便益を今性急に欲しがっているか、そうでなければプラスの割引率は適切か?
    2. 正義と平等のもとで世代聞で平準化すると、プラスの割引率は適切か?.


    まず、一つ目の性急さに関して。今の利益に集中するのであれば、プラスの割引率は妥当である。しかし、ダスグプタ氏は、今日存在しないというだけで、孫世代やひ孫世代を支持しないのは、将来世代を差別する政策でうけいれられないとしている。


    割引率がプラスである理由のもう一つに、1人当たり消費が今後も上昇して、豊かになっていくと仮定しているからである。今後、仮に気候変動が深刻化した場合、今後の成長は望めるだろうか。プラスの割引率を使っているという事は、「気候変動は大した影響を及ぼさない、だから成長は止まらない」と言っているのと同じである。つまり、気候変動には不確定要素が大きいが、その「問題なし」のシナリオだけを、仮定して経済モデルを廻しているのである。


    別のシナリオでは、将来の成長が鈍化して、一人あたりの消費が減ることも十分に考えられるだろう。その場合、未来世代との平等を考えるのなら、将来の使益を割り引くのではなく、増やして計算する必要があるだろう。




    ダスグプタ氏はその説明の為、以下の様なシナリオで計算している。



    「…今後50年間,地球全体のl人当たり消費が年間0.5%ずつ増えていき,その次の100年間にはl年当たり1%ずつ減っていくというシナリオを考えよう。このシナリオの下では、地球共同体は、将来消費の便益を今後50年間はl年当たり1.5%(0.5%の3倍)で、その次の100年間はl年当たりマイナス3%(マイナス1%の3倍)で割り引くべきである。簡単な計算をすれば、今から150年後に行う1ドル分の追加的消費は、今日の時点での9ドル分の追加的消費と同じ価値を持つことが分かる。別の言い方をすれば、地球共同体は、 150年後に1ドル分を追加的に消費することで便益を得るのと引き換えに、今日の追加的消費9ドル分を諦めてよいと考えるべきなのである。(p.159)」





    一つここで気を付けたい所は、ダスグプタ氏が話していることは、「地球共同体」であって、「民間の投資家」では無いことである。資源としての空気がオープン・アクセスで在り続け、商業銀行の利子率がプラスでありなら、そのまま割引率はプラスでありつづけるだろう。大気の排出が心底規制されるのであれば、この仮説の正当化されないだろう。もっと言えば、ダスグプタ氏が話しているのは、「こうあるべきだ!」であって「実際こうである」ということではない。ちなみに前者をNormative Economicsで後者をPositive Economicsと言う。


    話を元に戻そう。ダスグプタ氏の説明はここで終わっているが、マイナスの割引率を実験経済学で調べている学者もいる。Hyperbolic discountingというが、最後の例の様に、最初はプラスの割引率だが、もっと先の将来はマイナスに転じる割引率である。Wikipediaの例にならうと分かりやすい。たとえば、今の五千円か一年後一万円の選択肢を提供されたとき、多くの人々は即時の 五千円を選択する。しかし、5年後に五千円と6年後に一万円の選択与えられたほとんどの人は、実質的に同じ選択肢であっても、6年後に一万円を選択する。


    倫理的なトピックで議論の余地は大有りですが、意思決定は面白いですね。


    2011年9月24日土曜日

    参禅記:今を生きる(Live now)

    先月一時帰国した時に、良い期待だから禅寺に一週間参禅してきた。

    禅のコンセプトは「今を生きる」。今を生きることにより、過去の出来事や未来の心配事から解放され、自由になれる。本当の意味で自由になってみたいと思ったのが参禅の理由です。僕の経歴を知っている人は、僕が「今を行きたい」とか、「自由になりたい」とか言っていると、「あなたほど自由に行きている人はなかなかいないですよ」と言われる。しかし、現実は、いままで真に今を生きている時は殆ど無かった。多くの時間を、過去の失敗や成功か、未だ起こっていない期待や心配に、心を奪われている。

    禅寺の一週間の生活は、「只座り、只歩き、只食べる」。坐禅を組む必要もなく、眠たくなれば寝て、お腹が空いたら食べる。「只やる」とはやっている事自体を考えずに、行動を頭の中で言葉に置き換えずに、その瞬間、瞬間に集中する。座って、息を吸う事に集中して、息を吐く時には、吐く事に集中して、息を吸っていたことに心をとらわれない。息を吐いていた時には、息を吸っていた事は既に存在していない。瞬間、瞬間に集中することにより、今を生きる事になり、他の存在しない、過去や未来事から自由になる。


    非常にシンプルな事だが、実践するのはなかなかうまくいかない。禅寺に居たときは、必死で「今を生きるんだ!、吸って!吐いて!吸って!吐いて!」と力を入れっぱなし、それでも、雑念が次から次に頭に入ってくる。正直思ったように進まず、悟りを開くには程遠い生活でした。しかし、一週間は有意義で、寺を降りて世間に出るのが怖かったぐらい、心が穏やかになる時間でした。


    あれから1ヶ月、すべての事に集中して、禅を行っているが、未だに雑念が入りっぱなし。しかし、少しは進展があったように思える。例えば、食事をする時、「一咬み、一咬み」に只集中し、味を味のまま、好きや嫌い、甘いや辛い等の言葉に置き換えないことにより、本当の味がわかる事がある時がある。

    それから、自由になる、今を生きる、息を吸う吐くと頑張っていたが、息は自然に吸って吐いているわけだし、今しかそもそも存在しないわけだし、もともと皆自由であるはずであると思うようになってきた。しかし、未だに雑念めちゃくちゃ入っているわけなのですが。



    集中するのには、踏ん張る必要があるのですが、「禅って普通の事なんだ」って、肩の力が抜けたのは、禅のコンセプトが英語ではMindfullnessだと気付いたからだと思います。「頭で考えるんじゃない」と老師様に怒られそうですが、ヨガの瞑想がDeep relaxで、禅の集中がMindfullnessだと分かったら、なんか急に瞑想や禅が普通の事に思えるようになりました。そして、僕が禅にいだいていた神秘性や崇高さが無くなって、自然に禅に向かえるようになりました。だからといって、禅の素晴らしさは変わらず、僕の禅に取り付いていた無駄を捨てることができただけだと思います。

    何千年も前に此れを見つけて、今に伝えているお釈迦さまはすごいなと改めましておもいます。これからも、普段の生活に禅を取り入れて、「今」、「今」、「今」と生きていこうと思います。


    2011年6月23日木曜日

    気候変動からの脆弱性を評価する方法 ~Whatが先か、Ifが先か~

    気候変動からの脆弱性を評価する方法は大きく分けて、影響アプローチ(Impact Approach)と相互作用アプローチ(Integrated Approach)の2つに分けられる。二つの違いを説明してみる。

    影響アプローチは原因と結果を考える、だから、分析の論理は「If, Then, What」である。気候変動が起こった場合をまず想定して(If)、次に(Then)、その影響が何であるか(What)であるか理解する。このアプローチでは、気候変動以外からの影響は、一定であると考える必要がある。しかし、現実は、人々の生活、生態系、ビジネス等は、気候だけではなく、他の人間の活動やその他の要因に依存している。例えば、人口増加する事で、食糧の需要が伸びる。そこで、気候変動から食糧の生産も下がれば、脆弱性が更に上がることになる。更に、近年は食糧への投機的なお金が流れることで、食料価格の上下の動きが増幅される。これらの、影響は多分気候変動の影響より大きいだろう。だから、気候以外の影響を考慮しないと、評価に信ぴょう性がなくなってきている。クライメイトゲート事件からは特に・・・・。

    この気候以外からの影響も考えた二番目のアプローチは、相互作用アプローチといわれる。このアプローチは、気候変動からの影響は、人々の生活、生態系、ビジネス等に影響を与える一面でしか無いと考えている。相互作用アプローチは「What, Then, If」と考える。気候変動が発生したときに、社会と生態系は、何に(What)敏感であるかを、気候以外の項目も含め考えておく。そして(Then)、もし、(If)実際に起った場合、どこが影響をうけるか考える。「If, Then, What」と「What, Then, If」の違いはこじつけ半分だが、スタート地点が、「気候」から入るのかそれとも、影響されうる「人々の生活、生態系、ビジネス等」から入るのかを表している。Whatを先に考えることにより、視野が広がり、包括的な評価ができる。しかし、物事が大きくなりすぎて大変な側面もある。

    それから、当然現実は、評価の再考を何度も行うので、二つのアプローチを統合して、 社会と気候因子を相互に評価することになる。

    久しぶりだったが、今日はここまで。

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